正体の分からない違和感
約30数年の人生で、自分って何かおかしい?と感じることが多くありました。
なぜ自分はこんな人間なんだろう?と
考えても答えは見つからず、
一体自分はどんな人間なんだろう?と
考えても正体が分からず、モヤモヤとした何かをずっと抱えているような状態でした。
ただなんとなく分かっていたのは外向的な人たちが「正解」なんだろうということ。
だから私は外向的に振る舞おうと必死でした。
それが生きづらさに繋がっていたとも知らずに。
幼少期から高校卒業まで
私は田舎の小さな町で育ち、幼稚園から中学卒業までほぼ同じ顔ぶれの友達と過ごしてきました。

心を許せる友達に囲まれていた私は、外向的だと誰もが思うほど活発だったと思います。
それから高校に入学し、知っている人がほとんどいない状況をひどく恐ろしく感じたのを覚えています。
これまで活発だった自分が別人であったかのように。
話しかけたいけどどう思われるかな?と不安になり話しかける事も出来ず、
知らない顔ぶれに圧倒され、ただ周りの様子を眺めていました
私ってこんなに人見知りだったっけ?
ただ話しかけるだけなのに
なんでこんなに色々考えちゃうんだろう?
この頃から「自分は人見知りなんだ」と思うようになりました。
大学生時代
今でいう「陽キャ」になろうと必死でした。
彼らのように常にフレンドリーで、誘われた飲み会やサークルには必ず顔を出し、誰にでも明るくハツラツと振る舞おうとしていました。
しかし同時に無理をしている自覚もあったのです。
疲れる、楽しくない・・・
心ではそう感じていても無視をし続け、自分が本当はどんな人間なのか徐々に分からなくなっていきました。
海外生活
大学で英語を学んでいた私は、英語を話せるようになるという目標を掲げ卒業後すぐにカナダへ行きました。
そこで嫌というほど自分の内向性を突き付けられたのです。
英語は使ってこそ上達するものと頭では分かっていました。
カナダはフレンドリーな人が多くて話す機会なんていくらでもある、そう期待に胸を膨らませていました。
それなのに私は、話しかけることを躊躇してしまうのです。
声を掛けて迷惑だったらどうしよう、
上手く話を続けられなかったらどうしよう、
話しかける前から脳が沢山の思考を始めるのです。
終わってしまえば
ああ言えば良かった、こうすれば良かった、
こっちの言い方がよかったかなと反芻が止まりません。
徐々に人に話しかけることが億劫になり、
私はこんなこともできないのか・・・と自分を責めるようにもなりました。
社会人時代
カナダに滞在中は
・日本食レストラン
・ホテルでのハウスキーピング
・ホテルでのフロントデスク
帰国後は
・英会話スクールでの受付業務
・貿易会社での事務作業
今までこのような仕事をしてきました。
内向型の私が最も苦労したのは英会話スクールでの仕事です。
自分と同じように英語を学んでいる人の手助けをしたいという思いで入ったこの会社は、営業に近い業務内容ばかりでした。
当時は、それが内向型にはハードルの高い仕事であることを知りませんでした。
生徒へのカウンセリング業務、新規顧客の勧誘、勧誘目的の電話など出来るようになりたいと思ってはいても脳が完全に拒否しているのを感じました。
許容範囲を超えて稼働した脳が急停止してしまい何も考えられなくなる、そんな感覚を抱く毎日でした。
私は数か月で適応障害と診断され休職を経て退職するに至りました。
実はこの仕事、大学生の頃から憧れていたものでした。
英語を使いこなし、顧客をしっかりサポート、
かっこよくカウンセリングをこなし続々と新規顧客を獲得していく、
そんなかっこいい人物像を描いていました。

どれだけ憧れていた仕事でも、自分の能力不足のせいで叶わないこともあるのだと現実を突きつけられたような気分でした。
人と接することを楽しめない自分、
苦手が多すぎる自分、
私はやっぱりどこかおかしい、
そう思うようになりました。
接客が向いていないと気づいた私は、書類作成をメインとする貿易会社の事務作業を始めました。
今思えばこれは内向型の私にぴったりの仕事でした。
接客は皆無、毎日同じ顔ぶれ、ルーティン作業、
貿易に関する知識が必要なため学びの多い毎日、
これこそ天職だと思えました。
もちろん苦手な電話対応はありましたが前職と違い勧誘目的の電話ではないので心の負荷はあったものの、内向型なりに考えて対処していました。
この仕事は約7年続けることが出来ました。
やっと見つけた違和感の正体
天職だと思える仕事に就いても自分に対する劣等感は消えることはありませんでした。
何かにつけて自分が劣っているから悪いんだと自分を責める日々が続きました。
そんな自分を変えたくて読んできた数多くの自己啓発や引き寄せの法則の本。
アファメーションをやったりYouTubeで自己啓発の動画もたくさん見てきました。
それでも消えないモヤモヤを晴らしてくれたのが「内向型」という概念でした。
内向的な気質であるにもかかわらずそんな自分を認識してあげられず、否定し、外向的に振る舞おうとしていた。
これがモヤモヤの、生きづらさの正体だったんだと全ての出来事が一気に繋がりました。
ようやく、腑に落ちた感覚を味わうことができました。
あなたは一人じゃない
自分が内向型であるという自覚がない、
もしくは内向型という言葉は知っていても
その意味がよく分からないという方はきっと多くいるのだと思います。
もしかしたら私と同じように悩んでいるかもしれません。
だから私はこれまで抱えてきた違和感のひとつひとつを、
あの頃の自分に寄り添うように少しずつ振り返っていこうと思います。
それが結果的に、昔の自分だけでなく悩みを抱えるあなたの救いになればいいなと、そんな思いが日に日に増すばかりです。


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